第一章:導かれた路地裏と、毒々しい花
それは、春先の湿った風が吹き抜ける、ある午後のことでした。
私は何かに導かれるように、普段は決して足を踏み入れない細い路地へと迷い込んでいたのです。
見たこともない古い生垣の陰に、名前も知らぬ毒々しいほどに鮮やかな花々。
私は無心でその花を写真に収めていました。
まるで、この先に待ち受ける「何か」への手向けの花であるかのように。
第二章:現れた「味」のある社
ふと、胃の腑を直接掴まれるような、強烈な空腹感に襲われました。
顔を上げると、そこには古びた一軒の店が佇んでいました。
風に揺れる暖簾には、ただ一言、「うなぎ」。
その外観は、あまりに「味」がありすぎました。
数十年前からそこだけ時が止まっているかのような、奇妙な静寂を纏っているのです。
「ここなら、本物が食える……」
抗いようのない確信を胸に、私はその戸に手をかけました。
第三章:細分化された、優しすぎる罠
店内に一歩踏み込むと、そこには異様に整った、「優しすぎる品書き」が並んでいました。
松、竹、梅……。
細分化されたそのメニューは、行きずりの旅人を迷わせ、留まらせるための丁寧な罠のよう。
運ばれてきた鰻は、恐ろしいほどに美味。
一口ごとに意識が遠のくような悦楽。
ねぎやわさび、香の物やお吸い物まで完備。
私は夢中で箸を動かし、その脂の甘みに溺れていきました。
これこそが、私が求めていた「老舗の味」なのだと。
第四章:剥がれ落ちた「老舗」の仮面
満足感に浸り、店を後にしたその時でした。
ふと振り返って建物を見上げた私の目に、入る時には確かに無かったはずの、残酷なまでに現代的な看板が飛び込んできたのです。
そこに記されていた名は――『鰻の成瀬』。
私が今まで噛み締めていたあの「老舗の風情」は何だったのか。
あたたかな接客も、あの渋い店構えも、すべては私の脳が見せた幻覚だったのか。
今となっては、私が食べたものが本当に「成瀬」の鰻だったのか、それとも別の「何か」だったのか……。
それを確かめる術は、もうどこにもありません。
ただあの鰻は本当に美味かった。
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