自己紹介

氏名

進矢(しんや)

経歴

2009年・・・国立弘前大学 人文学部を卒業
2009年・・・青森県庁で6年間、公務員として活動
2015年・・・立正大学にて8年間、職員として教育現場に関わる
2024年・・・株式会社輝を設立

順風満帆ないわゆる「お堅い職業」についたものの、自分の本当の気持ちにフタをして悶々と過ごしていました。

2024年に会社を設立し

自分が人生でずっと大切にしていた「文章力・言語力・人間力」をテーマに、

営業職・個人事業主・経営者に向けて

「人・仕事・お金からモテる講座」

を実施しております。

幼少期から現在までの半生

母親に誘拐された過去

母親はヒステリーで、今の言葉でいう「毒親」です。

私は3歳くらいのころ、私は実の母親に誘拐されました。

父と姉から無理やり引きはがされる形で離婚してしまいました。

25歳にFacebookで姉から初めて連絡が来て、

父と姉に初めて会いにいった時に、誘拐のことを知らされました。

母は内職をしつつ
小さな頃の私にはご飯を作るわけではなく
食パンをかじらせていた。

父は東京消防庁の職員だったと聞きます。

生活する上では苦はない家庭です。

「しんやにご飯を食べさせろ」

そう言う父はよく母と衝突したそうです。

それを聞いた私は、ショックですらなく

「あの人のことなら、十分あり得る」

という感じで呆れた感覚に近いです。

なぜならば、高校生までの母との二人暮らしの私は、

当時は栄養失調と診断され、ガリガリの体型でした。

憲法において「文化的で最低限度の暮らしが保障」されたはずの

この日本において、私は栄養失調と診断されていました。

そのことを母に伝えたら
「じゃあどうすればいいの!!!!!!!!!!!」
とブチ切れ

なす術はなく、
怒りが収まるのを待ち、

冷静に、論理的に伝えて理解してもらおうとしていた子ども時代でした。
(結局、こちらは冷静でも、あちらの沸点は低いので、話題にするだけでブチ切れるような人でした。)

そしてある日、母は父と姉の目を盗み、
私を連れ去り、青森の実家に行ったそうです。

父の実家で見た、誘拐される前の私

そして、アルバムを見せていただきました。

3歳くらいの私の顔を見た瞬間は今でも覚えてます。

自分で言うのもなんですが、
本当に可愛い笑顔
下手したらお姉ちゃんよりもかわいい

思わずそれを言ったら、

父も姉も微笑みながら

「本当にかわいかった」

と言ってくれたのを今でも覚えています。

みんなといた時はこんな笑顔が出来てたんだ俺は。

俺も父親の元で姉と一緒に育ちたかった。

父と姉の家庭がすごく羨ましく思います。

父方のおばあちゃんは、亡くなるその直前まで

「しんやに会いたい」

と言って亡くなったと姉から聞かされました。

25歳という歳であったことと、これまでの環境もあり、

感情がもはやなく、絶望しきっていたんだと思います。

「そうなんだ・・・」

それしか言えませんでした。

毒親と1対1で向き合う逃げ場のない環境

母親は世間体を気にし、よその人から言われる「それらしいこと」には非常に耳を傾ける人でした。

ガンでもないのにガンが治るネットワークビジネスのジュースを買いこんだり、

ミキプルーンが大量にあったりと、健康の不安に付け込まれた母親は、良いカモになっていました。

想像のとおり、私は食べ物を与えられませんでした。

必要最低限の食べ物しか食べておらず、病院では栄養失調と診断され、ガリガリの子どもでした。

食卓におかずがないが、ガンが治るドリンクとミキプルーンは大量にあった。

そんな食卓でした。

そんな母親と1対1で向き合わねばならず、小学生の頃から母を説得しようと試みますが、議論は平行線です。

最終的には母親のヒステリーで全て終わるんです。

小学5年生の時、田舎の空き家に3カ月くらい滞在する怪しい健康セミナーで、

「ガンが治る電気の流れる100万円の椅子」

を買わせられそうになった母親。

子どもながらにどうやったら止めることが出来るかを必死に考えました。

自分もそのセミナーに参加して、矛盾点を見つけ出し、母親に伝えました。

でも母親は聞く耳を持ちません。

そして母親が言った言葉は

「でもあの人いい人だよ」

です。

結局、母親は購入。

そのエリアで購入したのは、うちの母親だけでした。

月収16万円で、市営住宅の団地に住んでいた母親と私。

狭い団地の部屋には、大きな「電気が流れる椅子」が鎮座していました。

小学5年生だった私は絶望しました。

こんな分かり合えない人間とどうやってコミュニケーションを取って、向き合えばいいのか。

逃げ道がありませんでした。

今思うと、その絶望が、今の私の言語力・文章力・人間力を磨くための良い教材になったのだとポジティブに思います。

夢をあきらめた学生時代

青森の親戚や親からは洗脳されるように

「お前は公務員になれ」

と幼少期から言われてきて育ちました。

中・高校生の頃の夢であった

「めちゃめちゃイケてるっ!」

というお笑い番組のプロデューサーになりたいと考え、フジテレビに入社したいと思っていました。

ですが、親からは反対され、

「東京の大学より、弘前大学(青森の国立大学)の方がすごいって、職場の人が言ってた」

と意味の分からない理由で上京を断固拒否されました。

理不尽な理屈に負けてしまい、結局地元の大学に進学し夢をあきらめてしまいました。

きっと、自分の所有物である息子を手元においておきたかったのでしょう。

そこには、息子の夢を応援するという親としての心はなく、

自分自身がどうやって快適に過ごすか、を追及していたんだと思います。

今思うと、息子は利回り重視の投資対象。

いかに小さな投資金額で、自分が裕福に過ごすか。

ご飯というエサは最小限に、そして公務員という安定のリターンを享受する。

母親と親戚の計画は完璧でした。

それからは、自分の感情や夢にフタをし、地元の公務員として、29歳まで過ごしていました。

洗脳が解け、自分の人生を生きたいと思った30歳

大人になっていろんな人の話を聞くにつれ、自分自身の劣悪な環境さに気づいてきました。

私は親から愛情を持って育てられてきたのではなく、

最小限のコストで飼育し、最大のリターンを回収するための道具だったということに気づいてしまったのです。

母親は相変わらずで、

親戚といっしょに、よく当たるという占い師「通称:神様」のところにいき

いろんなお告げを聞いてきていたようです。

いわゆる霊感商法で、不安を煽って高額なものを売りつけていました。

母親は喜々とした感じで

「あんたは不幸になるって神様が言ってた。だからこうしろ。」

まるで私が不幸になる、そのお告げが当たってほしいかのように話しています。

25歳、公務員の私は呆れつつも、ブチぎれます。

「いっぱしの大人になった俺と、その神様ってやつの話、どっちの話を聞くんだ!そんことばっかり言うんなら縁切るぞ!!」

そしたら母親の回答は

「神様」

そして

「人って言うのは分かり合えないものだ。」

と母は答えました。

人生で何度したかわからないが、一番の絶望をそこで味わいました。

私はそこから3年間、母親とは音信不通、縁を切りました。

私は面白いことをするのが大好きな性格です。

青森県庁、つまり公務員というお仕事は、私にとってはとても退屈でした。

(なんで公務員なんかやってるんだろうな・・・)

(あ・・・そうだ・・・母親のためだった・・・)

(あれ・・もう縁切ってるよな・・・)

(俺、自由じゃない!!!???)

そこに気づいた瞬間、すぐに東京での就職活動を始めました。

洗脳が解け、本来の「自分の人生を生きたい!」

という意欲が沸き、東京の大学にて職員をすることになりました。

東京の荒波に揉まれ、私自身も投資詐欺や人に騙され、身も心も荒んだ時期もありました。

それでも得意だった「文章」「言葉」「人間力」という力を発揮し、

「ブログ執筆で2年で5億円の売上」

という副業としては十分すぎるほどの成功体験を1つ築くことが出来ました。

社団法人を設立し、子どもに夏休みの思い出をプレゼント

その後、一般社団法人親子MiraiCanvasを設立し、

子どもの体験格差をなくすことを目的とし、

夏休みの作文に書けるような思い出をプレゼントする事業を始めました。

(私自身、夏休みはどこにも連れていってもらえず、作文に書けることがなかったんです。)

そこで目の当たりにしたことは、
「プレゼントすることはあくまでも対処療法でしかない。」
ということです。

1番の原因は仕事です。

そこで、働く先の会社が良ければ、家庭は幸せになる、そう思うようになりました。

何が良くなれば、子どもは幸せになるのか

子どもの幸せは、親が幸せになることから始まり、

そのためには気持ちよく満足度をもって働く会社があることが大切です。

そしてその会社を作り上げるのは経営者です。

つまり、「子どもの幸せは経営者によって成り立つ」

と考えるようになりました。

そうして思考を繰り返すうちに、

行き着いた先は「社会を良くしたい」という大きなテーマですす。

幸せな社会は、
幸せな家庭から成り立つ、
幸せな家庭は、
幸せな会社から成り立つ、
幸せな会社は、
1人の経営者から成り立つ

そのような考えのもと、私の得意分野である「文章力」「言語力」「人間力」を軸に、

世の中の経営者さんの文章力・言語力・人間力を磨き、

会社の発展、つまりは幸せな家庭を作る土台作りをお手伝いしたいと考えました。

そのプロセスを経て、今の事業である講座に行きつきました。

良い経営者とはどういう人物像か

多くの経営者さんがいらっしゃる中で、みなさんが思い描く「良い経営者」ってどういう人物像でしょうか?

給料をいっぱいくれる経営者でしょうか?

多分、それだけじゃないですよね。

だって、給料をいっぱいくれても、超絶ブラックで、サービス残業当たり前、怒号が飛び交うような環境だったらどうでしょう?

長く働きたいとは思いませんよね。

ぜひもっと具体的に想像してみてください。

例えば
・社員のことを思って仕事をする
・社員のことを労働力としてではなく、1つの人生を持った人間として捉えてくれている
・社員のこれまでの人生を理解し、共感し、その人それぞれに分かるような言葉選びで話してくれる
・心を理解している
・人間という生き物がどういうものかを理解し、未熟であり、間違いを起こすことや、感情を持っているということを理解している
・想像力と共感力が豊富で会話のキャッチボールが弾む
・誰に対しても対等に接し、威圧やマウントを取らない

どうでしょうか。

もっとあると思います。

誰からも愛され尊敬され人が集まる。

一言でいうなら、

万人からモテる経営者


こういう経営者だったら、社員は喜んで仕事をするし、

そもそも幸福度が高く、そして家に帰ったときも、晴れやかに家族と過ごすことでしょう。

逆にパワハラ気質な会社で、嫌なことがあったとしたら、どんよりした空気を家庭に持ち帰ってしまうことになります。

それだけ、会社は大事だし、会社を作る経営者はもっと正しくある必要があります。

私1人の力では、世の中への影響は少しです。

ですが、講座の卒業生が世の中で活躍し、

彼らも少しずつ良い影響を周りに与えることで、世の中はどんどん良くなっていくと確信しています。

だからこそ、「私の努力がそのまま社会をよくすることになる」と確信しています。

私は文章を書くことも大好きですが、小説を読んだり、アートを見たり、音楽を聴いたりと、「表現を楽しむ」ことが大好きです。

活躍する姿も、ひとつの表現です。

卒業生がたくさん表現(活躍)する姿を、1番の観客として楽しみたい、そして応援したいと思っています。

世の中に本講座の卒業生がたくさんいて、たくさん活躍し、

世の中を良くしている姿をそこらじゅうで見ることが何よりの目標です。

書くことについて

大学生時代

大学生時代は日記ソーシャルサイト「mixi」で面白い文章を書くことが好きでした。

当時、日記を読んだ友人からのコメントを見るのがたまらなく大好きで、

面白おかしく読んでもらうことに情熱を注いでました。

そして、「1件の日記に対して新着コメントがあります」

という通知があることに喜びを感じていた大学生でした。

文章で心を楽しませることが出来ると確信した瞬間でした。

公務員受験時代

公務員対策試験として小論文のために論理的文章を作成する力を磨きました。

公務員試験では倍率200倍以上の国家公務員である裁判所事務官の内定と、地元・青森県庁の内定をいただきました。

裁判所事務官の小論文は、試験当日出される試験問題(当時は憲法の〇条についての小論文)

を時間内に作成するというような難問で、ひたすらにテクニックを磨きクリアしました。

文章は、心を動かすだけではなく、論理的で相手を納得させるための大事なツールだということに気づきました。

実績

副業としてブログを書いて集客・対面営業をした結果、

2年間で5億円の売り上げを達成することが出来ました。

文章で心を動かし、

会話で心を動かし、

熱量・伝え方・生き方で自分を好きになってもらう。

この工程が出来たことで、2年という短時間で、そして副業という状態でも5億円の売り上げを出すことが出来ました。

人生のテーマ:感受性

これは私の持論ですが、いろんな人を見ていて

かなり精度の高い理論があります。

それは、

「環境などの理由で自分から1番遠ざけられていたものが、自分の人生のテーマである」

ということです。

私の場合は、感情です。

家族から引き裂かれ、絶望し、人の半分も感情を持ち合わせていなかった私にとって、

実は人生の大切なテーマは感受性だったのです。

そこに気づいたのは、小説を読み始めた頃からです。

感情を失い、合理化・効率人間だった私は

いかに儲けるかばかりに意識が行き、人間らしい人柄とは言えない時期がありました。

ですが、

「坂本さんは感情が半分もないから小説読んで泣いた方が良いよ」

と信頼する方からアドバイスをもらい、

今まで毛嫌いしていた小説を試しに読んでみることにしました。

ノウハウ本や成功本、心理学などの

ビジネスに直結しそうな本を読むのは大好きだったのですが、

小説に関しては「読んだって1円にもならない」と考えていました。

あ、今これを書いてて思ったことがあります。

まるで母親みたいだわ・・・

話を戻し、1冊目の小説を読んでみました。

そしたら感動し涙を流し、

(こんなに素晴らしいものを、何でおれは自分で遠ざけていたんだ。)

そこからは小説が大好きになり、

またまた大嫌いだった恋愛映画・ヒューマン映画などの、感動系を漁るように観だしました。

そして気づいたんです。

私は感動することが大好きなんです。

実は誰よりも感受性が強かったんです。

第3の人生がスタート

あらゆることに気づき、

そして、居ても立っても居られず、猛スピードでこの講座を作り、

完成したのが2026年1月。

この文章を書いている今日は2026年5月4日、私は39歳です。

5月10日で40歳になります。

洗脳が解け、東京で第2の人生をスタートしたのが30歳。

そしてまた、本当の自分に気づき、第3の人生をスタートするのが40歳、今なんです。

いきなり講座を作って、講師をやってますと伝えると

「実績は?」

と言われます。

そんなんありません。

ウソはつけないので「講師としての実績は0です」と答えます。

最初の1人の受講生に巡り合えるまで0は0です。

でも、絶対的にこれまで積み重ねてきた努力と、成果は紛れもない事実として私の中にあります。

そして、実際に5億円の売り上げを出した能力を言語化して詰め込みました。

文章力・言語力講座では、
・論理的文章力
・思考力
・セールスコピー
・一言で刺すタイトル
・言語化

人間力講座では
・心とは
・人間とは
・想像・共感
・言葉

これらは全て目では見えない能力です。

それを教える、つまり感覚を教えて鍛えるというのは非常に難しいことです。

ですが、私は言語化のプロです。

言語化が難しいとされるこういったふんわりした抽象的な能力もテキスト化し、

そしてカリキュラム化し、実戦形式の対話型ワークショップと授業を組み合わせた

講座を開発しました。

副業で2年で5億円売れたのですから、みなさんに出来ないことなんてありません。

これらの能力は後天的に磨くことが出来るんです。

(日本語を話したり、文章を書いたりは、訓練しましたよね?その延長をするだけです。)

全人類の識字率を100%にすること

全人類が読み書きが出来るようになると、

文章で感動を受け取ることができる、

文章で感動を届けることができる、

感受性が爆発して、心が豊かな世界にすること

それが私の夢です。

今はどうやって叶えるかは具体的にはわかりません。

ですが、今は目の前の講座にしっかりと取り組み、

日本においてしっかりと文章力・言語力・人間力が磨かれた人で溢れる社会にし、

世界に進出したいと思っています。

人生の楽しみ

小説・音楽・作品・活躍など、最高の表現を人生の宝物としてコレクションしていく

趣味

🔹作詞
🔹小説
🔹映画館で映画を観る

価値観

🔹人にも自分にもウソをつかない。常に正直であること。
🔹中途半端にしない
🔹1秒1秒を大切にする
🔹常に努力し成長する
🔹全方位で熱量マックスでいる

好きな言葉(会社のテーマ)

輝頂天照(きちょうてんしょう)

私が作ったオリジナルの言葉です。

意味は
「登り、輝き、照らす」
努力し、自立し、達成し、良い影響を与えることが弊社のテーマです。

弊社と言っても、今は1人社長です。

これからたくさんの仲間に出会い、そしてそれぞれの夢に向かって応援しあえる会社にします。

次に見てほしいページ

ここまで見てくださってありがとうございます。

次に、私がやっている講座について記事を読んでいただけたら、私の主な事業内容を想いをお伝え出来ます。

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